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2011年3月

2011年3月31日 (木)

一周年。

東日本の災害状況は原発の影響などで厳しくなる一方。

そんな中、東北高校の甲子園での精一杯のプレーに力が入ったり、カズのゴールに目頭が熱くなりかけたり、遼くんが今年の賞金をすべて寄付するという驚愕の宣言に体が震えたり・・・、いろいろな頑張りや応援が目に見えてすごく嬉しいです。

私も自分にできることをしていきたいと思っています。

現在構想中のこともあり、必ず実現させたいと思ってます。

元青年団仲間集まろうぜ。詳しいことは・・・、いやしばし待て!です。

さて、このブログ、昨年の3月30日に「決意」というタイトルで始めたもので、はや一周年を迎えることとなりました。

開始後、早くも5月と6月は完全空白の状態になってしまいましたが、7月の再開とともに仲間に公開をしました。

1年間の私自身の書き込み数が60回。実質10カ月なので月平均6回で、1週あたり1.5回。気ままな書き込みにしては頑張った方じゃないかと思います。

1年間のアクセス総数が2,563件で1日あたり6.98件。これは驚異的です。

馬のこと、マラソンのことなどにワード検索で訪れた方が多かったようですが、「金霧、青霧」へは、今でもたまに訪問があります。焼酎ファンの多さに改めて驚いているところです。

「継続は力なり」ということを何回か書き込みましたが、今まさにその気持ち。

1年前と変わったことは、諦めてた以前のスーツに体が収まるようになったこと。

春物のスーツを出して着てみたら、何と無理なく着れるようになっていました。そういえば、今着ている冬物は、だぶだぶ・・・になりかけてるかな。

それと、1年間風邪をひかなかったことも走ることの継続のおかげでしょうか。

本もたくさん読むようになりました。

それらすべてがブログを始めたおかげだと思っています。

新たな気持ちで2年目に入りたいと思います。

気ままな書き込みですが、今後もぜひおつきあいください。

2011年3月18日 (金)

涙が出た。

今日、

仕事を終え、

車に向かいながら携帯を見て、

私のブログに、

まさんちゃんから、

「素晴らしいのひと言です。」

のコメントが届いていました。

涙が出そうで、急いで車まで行きました。

震災の翌日に「海」が見たいと言って海岸線を走ったこと。

津波注意報が出てるのに「来たら来たでいいや・・・」っていう自分の言葉。

そんなに日に飲み会を開催したこと。

さらに「誕生日を祝ってもらって嬉しかった。」という言葉。

そして、厳しい状況なのに、自分の「馬」の話を交えてしまう軽率さ・・・。

そんなことをずっと考えてて・・・。

私の伝えたいことを、みんなに伝えられていないんじゃないか・・・とすごく反省していた時のコメントだったので、すごく嬉しくて、車の中で涙してしまいました。

これまで、私にとってはほんの一部にだけ公開している秘密のブログだったんですが、今回、大学時代の知り合いとか、ランドセルを提案した後輩とかに公開したわけですが、思いを伝えたかった・・・、ということだけはわかってください。

みなさんにどのように感じられてるのかわかりません。

でもさ。いいならいい、ダメならダメでコメントしてほしい。

ほんと、今日は、まさんちゃんに泣かされて、でも、すごくほっとした日でした。

2011年3月16日 (水)

たくさんの温かい思いが希望の日々につながってほしい

月曜日の午前9時54分、本町小学校から一斉メールに加入している保護者にメールが届きました。

内容は、校長先生からの緊急募金の協力のお願いでした。

すぐにPTA会長から、日赤を通じての募金をすることになって小学校からメールが届いたことの報告の電話。

その後、最初の提案者の文化委員の後輩から「早速、実行して頂いてありがとうございました。うれしいです。感謝いたします。」のメールが届きました。

私もすぐに、「私もうれしい。いい提案をありがとう。」と返信。

そして、小学校へも「募金活動に賛同します。素早い対応に感謝です。」と返信しました。

前日からのいろんな思いが通じ、みんな同じ考えであることが実感できて、すごく嬉しかったです。

翌日の火曜日、午前中席を離れててお昼に席に帰ったら、職場のイントラメールで後輩からメールが。

内容は、自分の子ども(長男と同じ小学6年生の女の子)と休み中に東日本の災害の報道を見てて、自分たちに何ができるかを話し合ったところ、子どもなのでたくさんの募金はできないけど、小学校を卒業するから、自分のランドセルを届けたいと言うから、受け入れ態勢が整ったらランドセルを送る運動をしたいというもの。

宮城県の教育委員会に思いをメールし、受け入れ態勢が整ったらお願いしたいという返事を受け取ったとのこと。

すぐに「素晴らしい考えだと思う」と返事しました。

その女の子は、現地にボランティアに行きたいとも言ったそうですが、それは難しいよと後輩は説明したそうです。

そんな私たちの思いとはうらはらに、被害は拡大する一方。

現実は厳しいです。

そんな中、私の愛馬の1頭、レインボーデイズは茨城の牧場に放牧中でしたが、今日、無事が確認できました。

このブログを見ている後輩が、何と自分の子どもの洋服に「Rainbow Days」とプリントされてましたと、写真を送ってくれました。

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虹色の日々・・・。

被災地の方々にも希望の日々が早く訪れてほしいと願うばかりです。

2011年3月13日 (日)

東北への思い・・・完走・・・応援

今日は書きたいことがたくさんあります。よかったらおつきあいください。

昨日は、高校受験を終えた三女が待ち望んでいた、携帯電話を一緒に買いに行く日。

でもその前に、今春1人暮らしを始める二女の家電製品を買いに行く日でもありました。

冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジなど必要なものがたくさんありますが、仕事のかみさんとアルバイトを始めた二女が買いに行くのは夕方。しかし、テレビだけは5台限定なので朝から買いに行って!と頼まれたので三女を連れて電器店へ。

役割を果たして、次は三女待望のDOCOMOショップへ。

これも無事契約を終えて、胸躍る様子の三女と帰宅し、母と三女と長男と4人で昼食を取りました。

役を終えての午後、東北の惨状を伝えるテレビを見ているうちに、ものすごくいたたまれない気持ちになりました。みんなそうだと思うんですけど・・・。

似たような気持ちになったのが、阪神淡路大震災のとき。ボランティアとして活動する人たちをまぶしく思いながら、その年2月に右ひざじん帯切断をし入院してたので、今の自分は参加できない・・・と残念な思いに浸っていたことを思い出しました。この年、本町からも、いつも尊敬してやまない野島先輩がボランティアとして阪神に行かれました。今でも本町の誇りだと私は思っています。

そんなことを思いながら悶悶とするうちに、幾多の命を奪った「海」を見たくなりました。

そうだ、海岸線を走ってみよう。と思い、天草マラソンのコースを走ることにしました。被災された方々を思いながら、できればハーフマラソンを完走してみようと・・・。

津波注意報は出てるけど、もしも来たら来たでいいいじゃないか、みたいな気持になって天草マラソンのスタート地点へ。

そして、「巨人の星」を口ずさんだり、「水戸黄門」を唄ったりしながら、1回も休まずに、それこそエードに立ち止まるような時間さえない、本当の完走を果たしました。

タイムは2週間前のいちごマラソンより少し遅かったものの、「完走」を果たすことができたのは大きな自信です。私だけしか知らない「完走」ですが、自分としては、「東北負けるなよ!応援してるよ!ハーフマラソン大会」です。自己満足でしかないんだけど、家で悶々としてるより絶対にすっきりしました。

それから温泉に入って、夕方7時から、小学校PTAの文化委員会年間反省会へ。

長男が6年生ということで文化委員長を仰せつかり、1年間新聞発行を担当してきたんですが、年度末号も編集が終わったので、年間反省会を計画していたんです。文化委員担当の生○先生、佐○先生、夏の打ち上げにも参加してもらった宗○先生と、前回文化委員長をしたときに担当してもらってすごく一緒に飲みたかった清○先生という豪華ラインナップの先生方の割には、1年から6年までの各学年担当の保護者のうち参加者は私を含めて2人だけというアンバランスな構成の中、PTAの山○会長にも参加を誘ってのフレンドリーな会合でした。

その会の中で、東北への思いや1人だけのハーフマラソンのことなども話したんですが、一緒に参加した若い保護者が、「先生たちとこぎゃん仲良く飲めるてよかですよね。参加して良かったです。」と言ってくれたのが一番うれしかった。

そして二次会で誕生日の話になって、日が変わると私の誕生日ということがばれて、0時になったとたん、みんなにHAPPY BIRTHDAYを歌ってもらいました。・・・。

恥ずかしいけど、正直嬉しかったです。

そして今日は、三女の中学校卒業式。

その途中、昨日一緒だったその後輩からメールが。

内容は、「東日本の被災者の方々のために、小学校PTAで募金を募ってみてはどうでしょうか?募金箱を小学校に置いて。検討をお願いします。」というもの。

俺の思いがすごく伝わってるやん。いろいろと考えてくれてるやん。と、ものすごく嬉しくなりました。こいつとは、たぶん長いつきあいになる!と感じました。本当に嬉しかったです。

さっそくPTA会長に伝え、「PTAで募金まではせんでもよかけん、子どもたちと一緒に話し合いましょう、気持ちのある方は募金にもご協力くださいだけでよかけん、呼びかけばしよう」とその後輩の思いを伝えました。

夕べ、阪神大震災のときの思いを語った後、ある先生から、「今回はボランティアに行かれるつもりですか?」と聞かれて、「耐えられる体力と気力がなくて、安易に行くとは言えない。でも行かないとは答えたくない。」と答えました。

何かしたいと思うけど、何ができるかわからない。

そんな思いの人がたくさんいると思うんです。

でも、何かしましょうよ、できることを。

今日の夕方、長男がキャッチボールをしようと言ってきました。

いつもなら、暗くてボールが見えんやん!と断るような時間でしたが、今日は、本当に見えなくなるまでキャッチボールをしました。

こんな日常を迎えられることのありがたさ。しみじみと思います。

東北の方々、何もできないけど、応援してます。

歯を食いしばっている人たちに頑張ってとは言えません。とにかく応援してます。乗り越えてください。

2011年3月 8日 (火)

運動ノススメ

先週の土曜日、福岡の子ども会で、長男の追い出しボウリング大会を開いてもらいました。

いよいよ卒業の月になり、長女の入学から14年間お付き合いさせていただいた小学校ともいよいよお別れとなります。

というわけで、我が家からは長男はもちろん、父母ともに参加し、一緒にボウリングを楽しみました。

とはいうものの、いつ以来?のレベルでのスタートで、ストライクは3つ出ましたがスペアが取れず、1ゲーム目は123というスコア。でも少しずつ体が慣れてきた感触が・・・。

2ゲーム目はいきなりストライクからのスタートで、順調にスペアも取れましたが、5フレと6フレに痛恨のミス。でもそれ以降はノーミスで9フレもスペアを取って8フレまでのスコアは138。

10フレはいきなりストライク。これで9フレのスコアは158でスコア168が確定。ダブルなら180は行くけどなーと思っての2投目もストライク。これで180はほぼ確定。3投目は思い切り投げるだけ。するとこれもストライクで、いつ以来かのパンチアウトでの終了となりました。

これには子どもたちも「おおーっ、すげー。」

ちょっと気持ちがよかったー。

結局188のスコアで、いつ以来か思い出せないくらい久々の180超えでした。

最近走ってて体が軽くなったのが1番の要因だろうと思います。

よかれとはじめた禁煙happy01 → ご飯がおいしくてメタボにweep → メタボ解消にランニング開始coldsweats01 → 走るのがおもしろくていろいろな大会に参加wink → 体が軽くなって他のスポーツにも好影響happy01

いいんじゃないかなーと思います。

ちなみに長男は、ガーター防止バンパーを使った1ゲーム目は調子がよくなく、ガーター防止バンパーを外した2ゲーム目はトップになり、逆転優勝をして気持ちよかったようです。

こんな親子なので、春休みにボウリングに行く人は、ひょっとしたら私たち親子がボウリングしているところを目撃するかもしれません。

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず・・・。

運動ノススメ・・・です。

2011年3月 6日 (日)

転厩(てんきゅう)、新たな出会い。

横島いちごマラソンから1週間。

十分な休養をはさんだし、今日から走り始めようと思ってたら、起きた時には降ってなかったのに雨・・・。

悔しさを感じるべきところなのに、ちょっとラッキー♪と思ってしまうところが、まだまだです。

私のプチ休養と一緒で、愛馬たちも、今休養中・・・です。

休養中であることに変わりはないんですが、先週のクラブからの通知で、愛馬クードテアトルが突然転厩となりました。所属の厩舎が変わる、担当する調教師が変わるということです。

競馬界の年度が変わるのは3月1日で、今年も多くの有名調教師が定年を迎え、変わりに新人調教師、新人ジョッキーが今週デビューしました。

その今週デビュー調教師の一人である、高橋義忠調教師の元に転厩することになったんです。

調教では動くのにレースで結果が出ない。そんな愛馬を、厳しくも大切に育ててほしいなと思います。新しい出会いにすごく期待!です。

走ると言えば、先週素敵な出会いがありました。

昨年末の全国高校駅伝大会で3位に入賞した九州学院のキャプテン、井上雄介くん。

実は雄介くんの父親は私の一つ後輩で、青年団でも一緒に活動した仲間。たまたまその父親が勤務している市民センターで仕事をしていたところ、先輩ちょっと・・・と呼ぶので行ってみると、りりしい息子が・・・。思わず握手し、全国高校駅伝、熊日駅伝での活躍を称えました。進路は?と聞くと神奈川大学に進学するとのこと。口にはしませんでしたが、箱根駅伝に出るなら父親と一緒に応援に行ってしまいそう・・・と思ってしまいました。

雄介くんは高校を卒業し、新たな環境に飛び込んでいきます。転厩と似ているかも。

3月4月は、別れと出会いの季節です。いろんな場面でそんなことを感じる季節ですよね。

私の子どもたちもそう。さっそく引越しをした長女。一人暮らしに夢ときめかせる二女。高校受験でまだ余裕はないながらも夢がひろがる三女。中学校での部活動を何にするか悩んでいる長男。みんな、みんな素敵な出会いがありますように。

晴れてて走ってたらそんなふうに思えなかったかもしれない、ものぐさでよかった週末です。

2011年3月 1日 (火)

いちごマラソンのいちごについて

横島いちごマラソンの報告の中で、いちごのことを報告していなかったので・・・。

マラソン大会のエードステーションでよく出るのが、スポーツドリンク、水、定番のバナナ、そして、チョコとか梅干しとかですが、今回はいちご・・・。どんな感じだろうと思いながら、楽しみに参加しました。

最初のステーションでは、とりあえずいちごを1個もらって口に含むと、甘さはもちろんですが、思いのほか水分たっぷりで驚き・・・。

次の折り返し手前のステーションでは、スポーツドリンクと水だけでしたが、これが、意外と飲みにくいもんですよね。私みたいなマラソン初心者には特にそうです。早く慣れなきゃとは思うんですが・・・。

そこで、いちごって良かったよなーって思いはじめて、早くいちごが食べたくてしょうがない気持ちになりました。

その後、気持ちとはうらはらに動かない体を、自分なりに鼓舞しながら走り続けていると、たくさんの子どもたちが、ハイタッチを求めてきました。

走れないからこそその気持ちが嬉しくって、他のランナーはまっすぐ走るのに、子どもたちが右に見えると右に、左に見えると左に振れながら、笑顔で応援してくれる子どもたちには「ありがとね!」と全員にハイタッチしてきました。

しかし、そんな余裕もなくなるほどに動けなくなりそうな、もう限界か・・・と思いそうなところに最後のステーションが・・・。

そこまではなんとか・・・と思っているだけに、ようやくたどり着くと足が止まってしまいました。

立ち止まってスポーツドリンクを飲んでいると、ほかにも多くのランナーたちが立ち止まっていることに気づき、みんなしんどいんだなーと思いながら、いちごを片手いっぱいに握って、まだ動けないランナーたちを見ながらゴールをめざして再スタートしました。

結果的にはそこで立ち止まっていたランナーたちにもたくさん追い越されたわけですが、いちごがこんなにたっぷりの水分を含んでて、マラソンのエードに最適なことを実感するとともに、高価ないちごをこんなにふんだんに用意してくれる大会はここしかない!と確信し、また来年も参加して、今度は最初からたくさんいちごをいただいいたうえで、必ず完走しようと思った大会でした。

横島マラソン大会じゃない、横島「い・ち・ご」マラソン大会、万歳!

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